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最高裁判所第三小法廷 昭和59年(オ)1367号 判決

主文

被上告人の本訴請求中、第一審判決添付の目録二記載の建物につき上告人が賃借権を有しないことの確認と上告人に対し昭和五七年三月二四日から昭和五八年一二月七日まで一か月五万円の割合による金員の支払を求める部分につき、原判決を破棄する。

前項の部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

その余の部分に関する上告を棄却する。

上告棄却部分に関する訴訟費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人和田政純の上告理由について

原審は、(1) 第一審判決添付の目録記載の土地建物(以下、一括して「本件土地建物」といい、土地又は建物を個別に挙げるときは、「本件土地」又は「本件建物」という。)はもと訴外三協相互株式会社の所有であつたところ、訴外有限会社三盛産業(以下「三盛産業」という。)が、昭和五二年一二月一六日同会社からこれを買い受けた、(2) しかし、三盛産業は、右買受資金を訴外住友生命保険相互会社から訴外中村義美(以下「中村」という。)の名義で借り受けた関係上、本件土地建物を同人名義に所有権移転登記した、(3) そして、三盛産業は間もなく本件建物を訴外田原きみ(以下「田原」という。)に賃貸し、同女とその娘夫婦がこれに居住していた、(4) 上告人は、三盛産業に対し約五〇〇〇万円の債権を有していたが、その返済が得られなかつたことから、昭和五三年八月二六日三盛産業と本件建物の賃貸借契約を結んだうえ、田原との間で転貸借契約を結び、以来田原から月額五万円の賃料の支払を受けて、三盛産業に対する債権の回収に充ててきた、(5) 訴外三輪信温(以下「三輪」という。)は、昭和五四年八月二九日、中村との間で本件土地建物を同人から買い受ける旨の売買契約を締結した、(6) 三輪は、右買受資金を被上告人から住宅ローンにより借り入れるべくその申込みをしたが、その際、本件土地建物の真実の所有者が三盛産業であることを知りながら、被上告人に対しては、中村名義で所有権移転登記がなされた本件土地建物の不動産登記簿謄本を示して、本件土地建物は中村の所有である旨の虚偽の申告をするとともに、現居住者は買受後直ちに立ち退くことになつている旨の説明をした、(7) そこで、被上告人は、これを信じて、同年九月四日三輪に対し九四〇万円を貸し付け、右貸金債権を担保するため本件土地建物に抵当権の設定を受けて、同日付でその登記を経由した、(8) 三輪が右債務を弁済しなかつたので、被上告人は、右抵当権に基づいて競売の申立をし、昭和五七年三月二四日自ら競落して本件土地建物の所有権を取得し、同年五月六日所有権移転登記を経由した、との事実を認定し、右事実関係によれば、被上告人は、本件土地建物の登記簿の記載により、三輪が本件土地建物をその所有者である中村から買い受けるものと信じて、三輪に対する貸付をして本件土地建物に抵当権の設定を受け、その実行としての競売手続において競落により本件土地建物の所有権を取得したものであつて、本件土地建物の真実の所有者が三盛産業であること及び同会社と上告人との間で本件建物の賃貸借契約が締結されていることを知らなかつたのであるから、上告人は、民法九四条二項により、三盛産業との間で締結した賃貸借契約を被上告人に対抗することはできない、と説示し、上告人が本件土地建物につき賃借権を有しないことの確認と上告人が田原から収受した昭和五七年三月二四日から昭和五八年一二月七日までの月額五万円の本件建物の賃料につき不当利得の返還を求める限度で被上告人の本訴請求を認容した第一審判決を正当として是認し、上告人の控訴を棄却している。

しかしながら、本件建物の賃借権に関する原審の右判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。すなわち、原審の認定にかかる前示の事実関係によれば、上告人は、被上告人が本件土地建物につき抵当権の設定を受け、その実行により所有権を取得する以前に、本件建物の真実の所有者である三盛産業との間で本件建物の賃貸借契約を締結していたのであり、右賃貸借契約に通謀虚偽表示等の無効原因があることについては当事者の主張がなく、原審の認定しないところであるから、上告人は本件建物の賃借権を有効に取得したものというべきである。他方、被上告人は、その後において、本件土地建物についてされた中村のための所有権移転登記が仮装のものであることを知らず、三輪が本件土地建物の所有者である中村からこれを買い受けるものと信じて、その買受資金を三輪に貸し付け、その債権を担保するため本件土地建物に抵当権の設定を受け、その実行としての競売手続において本件土地建物を競落したものであつて、民法九四条二項の類推適用により、本件土地建物の真実の所有者である三盛産業がその所有権を被上告人に対して主張しえないものとされる結果、被上告人は本件土地建物の所有権を取得したというべきである。そうとすれば、本件は、上告人が本件建物について取得した賃借権をもつてその後に本件建物の所有者となつた被上告人に対抗することができるかどうかという対抗問題に帰着するところ、原審の認定によれば、上告人は、三盛産業と本件建物の賃貸借契約を締結した後、それ以前に三盛産業からこれを賃借して占有していた田原と転貸借契約を結び、以来同人から賃料を受け取つているというのであるから、指図による占有移転によつて本件建物の引渡を受けていたものとみるほかはなく、右賃借権について対抗要件(借家法一条一項)を具備しているものというべきである。したがつて、右のような原審の認定事実を前提とする限り、上告人は、被上告人が本件建物の真実の所有者及び三盛産業と上告人間の賃貸借契約締結の事実を知つていると否とにかかわりなく、右貸借権をもつて被上告人に対抗することができ、この間に民法九四条二項を適用ないし類推適用する余地はないものというべきであるから、上告人が本件建物の賃借権を有しないことの確認を求める被上告人の請求は理由がなく、また、上告人が田原から本件建物の賃料として月額五万円の金員を受領するについては法律上の原因があるというほかはないから、被上告人の不当利得返還請求も理由がないことに帰着する筋合である。

そうすると、被上告人が、本件土地建物の真実の所有者が三盛産業であること及び同会社と上告人との間で本件建物の賃貸借契約が締結されていることを知らなかつたことを理由に、上告人は、民法九四条二項により、三盛産業との間で締結した賃貸借契約を被上告人に対抗することはできないとした原審の判断には、法律の解釈適用を誤つた違法があるというべきであり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。

したがつて、原判決中、本件建物について上告人が賃借権を有しないことの確認と上告人が田原から収受した昭和五七年三月二四日から昭和五八年一二月七日までの月額五万円の本件建物の賃料につき不当利得の返還を求める被上告人の請求を認容した部分は破棄を免れないが、原判決のその余の部分、すなわち本件土地について上告人が賃借権を有しないことの確認を求める被上告人の請求を認容すべきものとした部分は正当であり、右部分に関する上告人の上告は理由がないから、これを棄却すべきである。そして、右破棄部分については、前示の観点に照らし更に審理を尽くさせる必要があるものと認められるから、右部分につき本件を原裁判所に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 長島 敦 裁判官 坂上寿夫)

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